大森簡易裁判所 昭和43年(る)2号 決定 1968年9月13日
被告人 池田緋登美
主文
本件正式裁判請求権回復の申立を棄却する。
理由
本件申立の要旨は、被告人に対する前記被告事件の略式命令謄本は昭和四三年七月四日前記住居あてに送達せられ、被告人の貸間人である片山ともが受領したが、被告人は同年六月二五日勤務先会社の業務として自動車陸送のため、鳥取県倉吉市に出張の途中福知山市において交通事故に逢い同地において入院し、同年七月一五日帰京して住居に戻り右片山ともから本件略式命令謄本を受領して初めて本件の裁判のあつたことを知つたのである。その後同年七月二二日本件略式命令について正式裁判を求める申立をしたが、受付係員から申立期間経過のため正式裁判請求権回復申立をする指示を得て本申立をしたのである。しかしながら本件略式命令謄本を受領した片山ともは被告人の家主であつて雇人同居人等でもないのであるから、正式裁判申立期間は被告人が現実に受領した前記七月一五日から起算すべきであると確信するのであるが、もし家主である片山ともが受領した同月四日から起算されるとした場合は本件正式裁判の申立は前記のとおり被告人の責に基かない事由によるものであるから本申立に及ぶというのである。
よつて案ずるに当裁判所が大森区検察庁から取寄せた被告人に対する業務上過失傷害事件(昭和四三年(い)第七五八六号)の起訴状、略式命令および東京地方裁判所執行官職務代行者工藤要孝作成の送達報告書に徴すれば、被告人池田緋登美に対する右被告事件の略式命令謄本が被告人の前記住居において昭和四三年七月四日午後二時五七分右工藤要孝より片山ともに交付送達されたことが明かである。しかして証人片山ともの証言および被告人の供述ならびに被告人提出にかかる片山とも被告人の間貸人)、小川武(被告人の勤務先であるアジア陸送株式会社取締役社長)、圓道信光(被告人の実弟)、圓道英子(被告人の実母)の各作成の証明書、医師龍神義秀作成の診断書および前記送達報告書を総合すると、被告人は勤務先であるアジア陸送株式会社の業務として自動車搬送のため昭和四三年六月二五日東京を出発して鳥取県倉吉市に向い翌二六日朝京都府天田郡三和町字千束附近の道路で衝突事故を起して約一〇日間の加療を要する頭部頸部等打撲の傷害を受けて附近の細見診療所に入院し、直ちに医師の手当を受け、同日夜大阪府茨木市居住の実弟圓道信光の迎えを得て数日間の飲薬およびシツプ薬の交付を受けて退院実弟方に赴き、同所で同年七月四日まで療養して同日右実弟に送られて実家である鳥取県倉吉市昭和町居住の実母圓道英子方に至り、同所において同月一四日まで加療静養のうえ同日出発して翌一五日夜前記住居に戻り、間貸人片山ともから本件略式命令謄本を受領したこと、なお被告人は右片山とも方には夫池田義男と同棲しているのであるが、右義男は神奈川県厚木市にある日本フルハーク株式会社の販売員として勤務し、職務上自動車販売のため全国に出張して住居を離れていることが多く、前記片山ともが本件略式命令謄本の送達を受けた当時から前記住居に戻らず被告人が帰宅して数日後に出張先の九州から戻つたこと、片山ともは被告人の単なる間貸人であつて事務員、雇人、同居人でもなく、かつ老令であつて被告人が本年六月二五日出発の際も「実家に行つてくる」旨の話があつたが被告人の実家が倉吉市であることは承知している程度で詳知せず、被告人の夫義男の勤務先も不明であつたのみならず本件略式命令の趣旨も理解できなかつたことが各疎明される。
ところで刑事訴訟法第五十四条により準用される民事訴訟法第百七十一条第一項によれば刑事訴訟に関する書類は送達をなすべき場所において送達を受くべき者に出合わないときは、事務員、雇人又は同居者で事理を弁識するに足る知能をそなえた者に送達すべき書類を交付することができる旨を規定し、さらに刑事訴訟規則第六十三条第一項によれば略式命令の謄本は郵便に付して送達することができない旨を定めている。
このことは略式命令が確実に被告人に手交されることを期するための趣旨であると解すべきであるから受送達者が送達場所に不在である場合は右の補充送達手続により書類を交付すべきであつて、それ以外の者に交付したときは適法な送達があつたということはできないのである。
これを本件についてみると被告人と片山ともとの関係は前記のとおり間借人対間貸人の関係に過ぎず、右片山は被告人の事務員、雇人または同居人ともいえないのであるから右片山に対して交付された本件略式命令謄本の送達は適法な手続を得ていないので送達の効力は生じないものといわなければならない。しかしその後被告人は昭和四三年七月一五日夜右片山ともから右略式命令謄本を受領したこと前記のとおりであるから、そのときにおいて右送達の瑕疵は治ゆされて送達の効力が生じたものと解するのを相当とする。してみると被告人はその後同年七月二九日までは本件略式命令に対する正式裁判の申立ができるところ、同月二二日当庁に対し右正式裁判の申立をしているのであるから、右申立は適法であり、したがつて本件正式裁判請求権回復の申立はその理由がないことに帰するので棄却することとして主文のとおり決定する。
(裁判官 佐藤真)